和泉愛依のこれまでをまとめる[1]

はじめに

 暫くぶりに文字を書く。今回再びキーを叩いている理由は、先日ある友人がシャニマスのStraylightのイベントを見るという場に相席した。その際に以前、ある場所でプレゼンした和泉愛依の軌跡をもう一度見直し、しっかり書き残しておこうと思ったのである。今日が文化の日ということもあり、久しぶりにやろうと一念発起したのが午前6時だったはず。しかし今現在日は沈み、時計の針はまもなく午後9時を示そうとしている。光陰矢のごとし。

 そういうわけで書き始めたものの、全てを網羅して書き上げる頃にはもう日付も変わってしまうかもしれないという危機感のもと、まず第一弾を書き記す。

 今回は、Wing~ファン感謝祭までの和泉愛依の言動から彼女の状況を読み解いていきたい。多くは事実の列挙であり、一時期流行ったいわゆる怪文書のような類いのものとは毛色が違うだろう(そうであってほしい)。また、あくまで和泉愛依の言動に着目していくため、イベントコミュ等で触れない部分も多い。そういった部分は今シャニマスでイベントコミュ全編が期間限定で無料公開されている(2021/11/03現在。)のでそちらを見てほしい。また、画像サイズが無駄にでかい

 それでは、綴っていく。

 

メインシナリオ:Wing編

「アイドルなんて可愛いの似合わない」という彼女に「君ならいける」と口説き、スカウト成功。その後、彼女は過去の出来事からステージ上で固まってしまう。このままではアイドルとしてやっていけない。なんとか克服しようとするも、MCでどうしても硬くなってしまう彼女にプロデューサーはある作戦を持ちかけた。ステージ上で固まって喋れなくなることを逆手にとって、クールでミステリアスなキャラの「アイドル和泉愛依」を示したのだった。その作戦を胸に舞台に向かう彼女はこう言った。

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そう彼女は自分のためよりも、他人のために頑張れる女の子である。

 

 

イベントシナリオ:Straylight.run()

 このイベントシナリオの基本構造は、好きなことを突き詰めていく過程でアイドルになった芹沢あさひと、誰にでも愛されるアイドルになろうとした黛冬優子の交流である。

 その二人に遅れて合流した最後のメンバーが和泉愛依だった(第2話:ENTER MEI)。このStraylight.run()というシナリオにおいて、和泉愛依はあさひと冬優子の仲間というより、あさひと冬優子のファンに近い立ち振舞いを見せる。たとえば、第3話:SING ITでは手違いで屋上ライヴに観客が集まらない事態に遭遇すると、彼女を真っ先に呼び込みに向かった。彼女を突き動かす衝動はただ一つ。

「せっかくの2人のステージだもん、色んな人に見てもらいたい」

 これは直後に冬優子に指摘されていることだが、この発言からはStraylightのライヴ、その舞台に和泉愛依は存在していないことになっていることが読み取れる。つまり、和泉愛依は自らをStraylightの一員だと思っていないことが示唆されている。

 

 では、なぜ和泉愛依はStraylightのメンバーとして名を連ねているんだろうか。ここまで明確には語られていない。しかし第4話にはとても目を引くあさひとのやりとりがある。

 あさひが愛依に対し、何度も練習してもどうして覚えられないのかと、半ば挑発や嫌味として受け取られかねない問いを投げかけた。その時、愛依は笑いながら、その8限を受け止め、諭すように「個人差があること」を伝え、その言葉にあさひも自分に重ね合わせて納得していた。

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 そして、あさひにとって愛依以上に理解できなかったのが冬優子だった。冬優子のスタンスに対する不満をあさひは愛依にこぼした。それを聞いた愛依は先ほどと全く違う反応を示した。笑ってなどいなかった。彼女は眉を八の字にして、こう言った。

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 自分に向けられた言葉と、(尊敬する)第三者に対する言葉で態度が異なるというのは、彼女が言葉に対して鈍感ではないことの表れではないだろうか。決して彼女はいわゆるちくちく言葉を笑って流すだけのキャラクターではないのだと。ここまで、なんとなくアイドルになった和泉愛依はひたすらに2人の後塵を拝する一般人Aという様子だったがここで少し彼女の「らしさ」が垣間見えた。

 そして、彼女がStraylightに必要な理由が仄めかされるのが第5話:FALSEだ。ここで愛依は冬優子にイベントで2人の足を引っ張らないための助言を求める。しかし、その助言に異を唱えるあさひ。ここでもあさひと冬優子の主張は平行線である。険悪な空気が漂い始めたその時、断ち切ったのが愛依だった(以下、発言より一部抜粋)。

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 どちらが良いではなく、自分にない点を持つ2人がすごくて、できることを取り入れるという結論で悪くなりかけた議論を終息させた。彼女は1枚目のPSSR[ちょっとあげる〜]のコミュでも語っていたように、どちらかをヒイキすることには抵抗感を持っているようだ。優先順位をつけられない優しさに由来するこの事態収集能力はStraylightが形を保ち続けるには必要だということなのだろうか。つまり、和泉愛依はStraylightにおける「緩衝材」のようなものだと。

 

 

メインシナリオ:ファン感謝祭

 このシナリオは、主に先に売れたあさひと、遅れをとった冬優子と愛依の距離感から生まれるすれ違いに焦点が当たっている。このシナリオで特徴的な愛依の言葉を挙げてみる。

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  ファン感謝祭のシナリオ全体を通して、愛依の言葉には「足を引っ張らないように」のような言葉が多い。ここではさらに「せめて」が修飾語としてかかっている。「せめて」とは、「最小限の願望」を示す(引用 旺文社国語辞典 第十版)。ここからは自分は2人よりもかなり遅れをとっているんだから、並び立つことは無理でも、悪目立ちしないようにしようという、諦めに似た感情でユニット活動をしていたことが察せられる。そうであれば、研鑽を怠らないあさひ、冬優子に並ぶなど夢のまた夢ではないか。和泉愛依はこの瞬間まで、自身を傍観者のように考えていたのではないか。そうであれば、今まで蚊帳の外だったことにも合点がいく気がする。上記の台詞をきっかけとして、彼女自身がStraylightとしての自覚を持って今後アイドル活動を行なっていくことは自明である。つまり、和泉愛依にとってのファン感謝祭シナリオは、彼女にStraylightの一員であるという自覚を持たせる役割だったと考えられる。

 

そして、感謝祭でMVPを勝ち取った時、彼女は集まったファンに向かってこう言った。

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 これは、ようやくぽっと出の一般人からstraylightの一員としての自覚が生まれた和泉愛依の覚悟だろう。

 しかし、彼女にはまだ大きな問題が残ったままだった。

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うち「みたいなの」がアイドルやれてるの、「ぜーんぶ」プロデューサーのおかげ

 

続く

 

 



感想と反省① ー第二回 #アイマス学会in札幌 によせてー

1人ではできないこと

仲間とならできること

乗り越えられるのは Unity is strength.

 

765PRO ALLSTARS 「 The world is all one! 」

配点:『集大成』

 

 最近、気温が乱高下しがちですが、いかがお過ごしでしょうか。私はというとやっぱり人が多いとこが苦手なんだよなと4月からの新生活を物憂げに感じてしまう、今日この頃です。

 去る2月20日に、まねきねこ札幌駅前店を主会場として第二回アイマス学会in札幌が行われました。ちょうど1ヶ月前ですね。今回自分は初めて運営サイドになったのですがまぁ、今までの学会イベントとは一味違う経験をすることができました。発表者そして視聴者の皆様、本当にありがとうございました。また、他の主宰の皆様につきましても、本当にお疲れ様でした。特に当日アクシデントがあった際に急遽配信作業を請け負ってくれたListenさん、本当にありがとうございました。

 本記事では、発表いただいた内容について感想を述べるとともに、自身の発表についての反省なんかも書こうかなと考えております。今回のアイマス学会は初の試みとして、オフライン会場で行っているものをYoutube Liveで同時配信しました(アーカイブはこちら→ https://youtu.be/ozztaNgNVcM )。当日アクシデントが何回か起こってしまい、完璧な状態とは言えませんが、ご覧になっていただけたら幸いです。

 

この記事では主に、前半の方々について感想等々を書き連ねていこうと思います。

 

 

セットリスト

(カッコ内は発表者、敬称略で失礼します)

1. 「君・空・我・想」(るこ)

2. 「デレステ5周年CMの舞台はどこだったのか」(K++OH-)

3. 「春期現代文特講(物語編)」(我)

4. 「One life は松永涼の歌である」(POCHA)

5. 「≠」(結崎鰆)

6. 「楽曲に見る櫻井桃華」(かの)

7. 「Athanasia 試論 ―Русский Космизмとアイマス―」(チェズイェン工廠)

8. 「岡崎泰葉への招待状 君も担当にならないか」(からす)

9. 「交通安全的紙芝居」(白神つくも)

10.「突撃!隣の事務所 アポなし旅」(邪険人格)

11.「わたしの「思い出じゃない今日を」」(めろんソーダ

12.「桜井夢子論 或いはノンプレイアブルアイドルを担当するという事」( Kirin )

13.「頭脳派少女のしくじりアイドル道」(チェック人)

14.「話題の『まどきり』って何?調べてみました!」( Listen )

15.「黒猫少女の人間関係」(如月)

16.「治療としてのシャニマス ー視点から考える我々の立ち位置とシャニマスの機能ー」(恒河沙

17.「第一歩!白ほ的ビフォーアフター」(ぺるみん)

18.「その先へ。〜二つのメタファーから見る多田李衣菜〜」(翁)

1. 「君・空・我・想」(るこ)

 初手は運営陣から。シャニマスのフォーマットをパクリにパクっていて(褒め言葉)、その発想と実行力には舌を巻くばかりでした。また、着眼点も「瞳のハイライト」の一点集中で、その扱い範囲の狭さが本当の学会発表でありそうなスタイルで、ある意味、正統派な発表だなと感じました。

 瞳のハイライトの薄さ=反射の少なさというインスピレーションから知覚情報の偏りという話題につなげ、さらにはハイライトが薄いという特徴を彼女の大きな特徴である、独自の人生哲学と、ブレない芯の強さの表面化として捉えているところが「強い」と感じました。

 約1年前に札幌で開かれたアイマス学会にて擬人法という観点で霧子の言葉について咀嚼したプレゼンの終わりに、「レッツ、目押し!」とかぬかしおった後に霧子担当を宣言した彼。確か、あの時が霧子担当プロデューサーとしての彼の初舞台だったと記憶しています。そこから1年経って、また霧子について濃厚なプレゼンをしてくれた彼の愛の深さも感じました。

  2. 「デレステ5周年CMの舞台はどこだったのか」(K++OH-)

   ひょっとこのお面をつけて、傘を持ちながらスーツのお姿はインパクト大でした。5周年CM一ノ瀬志希編に着目して、その舞台はがどこかという検討をなされる、というのは、私個人ではそんなことになっていたのか、と門外漢でした。

 彼の発表のすごいところは学問的な整合性は置いといて、机上の空論にとどまらず、しっかりシミュレーションを組んで厚みを持たせたところではないでしょうか。多分、専門なり、齧った人からはもっと明確な定義なり論理に沿った見解が見出されるのかもしれません。しかし、新しい惑星を生み出すわけでなく、現存する惑星をモデルとしてざっくりとした方向性を示されたのが素晴らしいと思います。

 ちなみに私は、「そもそもデレマスの世界の宇宙は我々の住む宇宙とは違う」という説を提唱して行きたいと思います。

(以下、KOHさんのブログ)

koh-2323.hatenablog.com

 3. 「春期現代文特講(物語編)」(朧灯←私ですね)

3番手私。割愛。

 4. 「One life は松永涼の歌である」(POCHA)

 自分の発表が終わって落ち着いたのも束の間、発表者の位置には腕を組んで仁王立ちしたある男(?)がいました。なぜ(?)なのか。そう彼はポッチャマでした。本人の要望もあり、動画を使った発表でした。いや、動画ということを十二分に生かしたいろんな要素てんこ盛りで、勢いが最後まで衰えない素晴らしい、いや本当に濃い、エスプレッソのような味わいでした。

 松永涼さんといえば、私の中ではアンダーグラフのツバサが素晴らしいチョイスで大好きでone lifeの歌詞について細かく検討したことがなかったのですが、今回のテンポよく一つ一つの歌詞を噛み砕いた解説は、他の彼女のストーリーを読み解き、自分なりに補完してみたい、と感じさせてくれました。

 最後になりますが、「リズムが響き渡る」というのは、個人的にプロデューサーのみならず、アイドルになったことで出会った仲間たちと波長が合ったことや、今までに感じてきた浮き沈みを糧にしている実感が生まれたことも含まれているのかなと感じました。

(以下、つべに上がっている発表動画)

youtu.be

5. 「≠」(結崎鰆) 

 ここで初めて遠隔地からの中継が入りました。デレマス7th live大阪公演で同じ宿に泊まった際に、さまざまなお話を伺っていたので楽しみにしておりました。シンデレラの小学生組は何かと親関係のエピソードが不穏だったりしますが、橘さんは中でもソロ曲だったりSSRだったりで何かと大人びた側面が強調されがちだと認識していました。

 そんな彼女とは何かと縁があり、そこそこデレステSSRを所持しているため断片的に彼女の足取りは追ってきたつもりでした。しかし、彼女を注視してきたプロデューサーさんから語っていただけると、飛び石でない、紆余曲折も含んだ道のりを感じることができました。そして何より彼女の名前が”ARISU”という表記であることは昔から気になっていましたので、一つの解釈が聞けて嬉しかったです。

 また、「フェス限は一つの極地」という言葉、担当(肇・りあむ)のフェス限が引けていない身としては、またサイゲの貯金箱に成り下がることも厭わない、そんな気にさせる説得力がありました。(↓結崎さんのブログ)

ttzack1007346.hatenablog.com

6. 「楽曲に見る櫻井桃華」(かの)

 直前でダメージを喰らうというのもなかなかないと思うんですよ(第一回で直後の発表者にダメージを与えたワタクシ)。U149然り、桃華とありすはよく対比される間柄でもあり、かなり楽しみにしていました。桃華の何が目を引くかというと、出身地ですね。「神戸」。どこ出身?と尋ねると横浜、鎌倉に次いで言われがちな、絶対県名で答えない場所(筆者調べ)。

 櫻井という姓でありながら、薔薇がとてもフィーチャーされる彼女は、今年ようやく2曲目のソロ曲「愛の讃歌」がライブで初披露されたことも、大きい出来事でした。大変申し訳ないことに、私はちゃんと歌詞を確認して聞いていなかったので歌詞を噛み砕いてお話を聞けたのがすごいありがたかったですね。”C’est la vie”についての豆知識も、フランス語をかじっていた自分としてはちゃんとフランス語覚えよ…という気持ちになりました。「それが人生」、この言葉は彼女の毅然とした歩みにもつながるのでしょうか。いや、12歳にしては大人びてますね、強い。もはやブリュンヒルデですよ彼女は(?)

 感想を言うだけです、とおっしゃっていましたが、致命傷を負いながらも担当の魅力を語ってくださった姿はプロデューサーの鑑でした。マスターソングが逆に麻酔として聞いてたのかなぁとも思わずにはいられません。

 7. 「Athanasia 試論 ―Русский Космизмとアイマス―」(チェズイェン工廠)

 現場のポカンとした雰囲気に一人大笑いした当方です。個人的には、一時期ニヒリズムと無常観に傾倒していた時期があったので、徒然草吉田兼好)の「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」に代表されるような日本人の美意識のようなものとして解釈していたので、原義的な仏教での解釈やロシア宇宙主義の視点は新鮮でした。

 彼の主張な中で特にうまいなと思ったのは、ブラジル・日本の共通項からロシアという一種の彼のフィールドにつなげていったことです。ロシアについては私の守備範囲外なので、様々な知見が得られた興味深い時間でした。ソ連崩壊までのあの国の思想は独自路線を突き進んでいたので、今となっては淘汰されてしまった愉快な思考がいっぱいです。よかったら皆さんも哲学、やってみませんか?

 割と自分にとってもアイマスという文脈抜きにして大きいものを残していった曲、それがAhtanasiaなのでまた言葉を交わしたい所存です。

8. 「岡崎泰葉への招待状 君も担当にならないか」(からす)

 からすさん、声めっちゃいい声ですよね。羨ましい。また、シンデレラガールズのアニメからアイマスに入って、岡崎泰葉という女の子、アニメに出ていない女の子を担当していることが個人的にすごく嬉しかったです。シンデレラガールズはアイドルが多いですから、なかなか声がまだ聞こえないアイドルまで見てもらえることは本当に言葉にできません。

 岡崎泰葉、という少女に関しては、私の担当にいる白雪千夜という女の子がモバマスのイベントでお世話になったり、初期の頃は追っていたこともあったので彼女の重さを表現することが難しいと思っていました。からすさんもかなり難産だったとブログの方で述べられていましたが、初めて見る人にも伝わりやすく丁寧に作られていて、感嘆していました。彼女の最大の特徴はその芸歴の長さからくるバックボーンとそのストーリーから生まれる浄化に近いものだと思っています。その中で、からすさんは何を感じられたのか、今回はかなり抑え目で話されていたようでしたのでお聞きできたらいいなとも思っています。(↓からすさんのブログ)

karasu11090cs.hatenablog.com

9. 「交通安全的紙芝居」(白神つくも)

 交通事故。暴走車両に轢かれるが如く、アイマスの中でも割と起こっていますね。ポプマスが始まったこともあり、交通戦争の様相を呈しております。私も、nano.RIPEが大好きで、流星群とプラリネがきみコさんの声でしか聞こえない病気に罹患しているので三好先生の曲だと公表されて前後不覚に陥るつくもさんの気持ちは少し理解できるつもりです。作曲者が彼だから、ではなく聞いた感触がヒットしたから調べたら同じ人だった、という打率の高さという定義の仕方に強くうなずいてしまいました。

 それはそうと、つくもさんの衝突事故の様子をお話ししていただいた上で、交通事故の回避は不可能、事故は楽しめという教訓はかなり説得力がありました。(つくもさんのブログ↓)

tsukumowhite-blog.hatenablog.com

10.「突撃!隣の事務所 アポなし旅」(邪険人格)

シンデレラガールズにおいて、一つの難題。それはシンデレラガールズのプロダクションは一枚岩か、はたまた群雄割拠か。そのような議論はおいといて、全アイドルについて分析調査を行うというのは、新しい視点だなと思いました。そして、その異常なスカウト率の高さを、「スカウトの専門でなく、売り込みの専門であるプロデューサーが行っているから」という仮説を導き、アニメやデレステを横断して集約して話を進めていく。かなり広い括りで話が進んでいく中でも、きらりちゃんと乙倉ちゃんの関係性や、アニメでの美穂・卯月のユニット活動に最終話で響子が加入している様子など、この話だからこそ盛り込めるアイドルのエピソードがある、というのもシンデレラガールズの深さだと思いつつ、網羅しつつそのようなエピソードを探し当てられているのが素直に感嘆しました。

 

とりあえず、ここまで。まだまだ感想はありますので、またまとめます。アフタートーク(4時間強)も行われ、色々とおしゃべりする機会はありましたが、それはそれ、これはこれ。

 

 

  

Journey through the decade 或いは、決意表明

 

「ざっと八万食消化する人生で

 既に三万食消化した体よ

 あの日と違う細胞で感じる

 風よ光よ3月の海よ

      -LOVE/FoZZtone

         配点(惜別)」

 

 十年一昔とよく言うように、10進法を主に利用するこの世の中では一つの区切りとして10と言う単位が使われています。そう言うわけでは10という数字は記念であり、一つの時代の終わりといえるのかもしれません。

 10年前の今日。そう書き出せば、何のことを書くのかなんとなく察せられてしまいますね。「変わらないものないと思ってた、そんなことないのに」こんな言葉を幾度聞いたでしょう。「頑張れ」そんな言葉を幾度もらったでしょう。「大変だったね」どんな気持ちで投げられた言葉でしょう。奇しくも今年に入ってからセレモニーとでも言うようにまたあの時の余震がやってきました。忘れるなと言わんばかりに。熊本地震胆振東部地震と大きな災害が起きたのち、しばらく活動が落ち着いているなかで、ひょっとすると地震の恐ろしさが少し和らいでいたのかもしれません。

 ここ一年私は月に一回、必ず見ている動画があります。それは津波に町が飲まれる動画です。自分は体感しなかったがしかし、忘れてはいけないもの。そう思って見ています。2度と起こって欲しくないと思うかたわら、起きた時にどう動くべきかどうしなければならないのか、考える時間にしています。私は、何かと大きな地震に縁がある人です。嬉しくはないですが、生まれた土地柄に加え、某大農学部を入学辞退した年に起こった熊本地震(その学科の所在地)、北海道に移ってから経験した胆振東部地震と、受けた被害の大小に目を向けなければ今後も私の行先がどんな土地であれ、地震という影を拭い去ることはできないと感じています。

 数分の動画を見るなかで、最近私の心境に変化がありました。田中将大投手が楽天に復帰することが決まった日に、久々に2013年の楽天日本シリーズ制覇の映像を確認した時、泣いている自分がいました。割と最近、「泣いた」という言葉の安売り(当社比)をしている自覚はあるのですが、当時全く感じなかった衝動が今になって現れたことに驚きました。なんともない、何も感じない、そう思っていたあの日の出来事が、本当はこんなに重く、大きなものとして存在していたことに、今更気付かされました。

 頑張れの言葉を見ても、何も感じなかったあの日。テレビから流れる「フクシマ」という言葉から耳を塞ぎたかったあの日々。自分の地元を誇ることが憚られた月日。鬼の首でもとったかのように、外野が騒ぎ立てる、そんな日常を忘れないし、修学旅行で通った国会議事堂前で、ムーブメントのようになっていた原発反対デモを見たことも忘れたくない、そう思えるようになりました。

 数奇なことで、あの日から10年が経った今年、東京五輪が開催されるようです。10年が経ち、今の社会で今日ぐらいしかあの日のことや地震に関わることが殊更に取り上げられる日はありません。

 あの日から、何か変わったんでしょうか。あの日から何が得られたんでしょうか。今できることは何なのでしょうか。明確な答えが出ない問題ではありますが、考えなければならないのだろうと感じています。

 自分より下の世代で震災について覚えている人はおそらく自分たちの世代より少ないでしょうし、あの日のことを忘れていく同年代や上の世代も少なくないはずです。風化させないこと、ちゃんと実態を持った問題として向き合うことの重要性を今、再認識しなければならないと感じています。

 10年が経った今年、こんなご時世ではありますが、岩手宮城そして福島の沿岸部をようやく旅したいと思っています。あの日の出来事にようやく感情を持って向き合えたことで、ようやく場所を見る意味が生まれた気がしています。

 10年。あの時中学生だった自分も、社会人と肩を並べる歳になりました。かなり失礼な話ではありますが、今ならちゃんと向き合える気がします。

 ようやく、さよならが言える気がします。

 

8回目の誕生日に

藤原肇ちゃん、お誕生日おめでとう!!

 

これを書いているのは6/15の23時台。まったくもってギリギリのお祝いです。3月に札幌某所で肇ちゃん絡まりのプレゼンをさせていただいたものをまとめられていない、4月に出た「あらかねの器」、そして先日デレステに実装された「あらかねの器」のコミュの話もまとめられていない、諸々ありますがとりあえずお祝いしたい。そんな気持ちでキーボードを叩いている次第です。

 

 

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[夜桜小町]藤原肇



私が彼女の担当になったのはこのカードが報酬で登場した時。この姿を見た時、脊髄反射的に「担当しよう」と思ったあの時から7年になります。いつの間にか、彼女の年齢を追い越していました。

 

これまでに総選挙3位になったり、先にも挙げたようにCMの発表だったり、デレステ周年曲への参加だったりと、目まぐるしく活動してきた彼女。これからもまだ彼女は目まぐるしく活躍していく、そう願っています。いろいろ書きたいことはあるけど、日付を超えてしまうので、ここで止めます。

最後に、私の1番好きな肇ちゃんの出るSSを置いておきます。

私の作品ではないですが、良かったら読んでみてください

 

http://elephant.2chblog.jp/archives/52188812.html

 

肇ちゃん、誕生日おめでとう。

 

 

樋口円香に思いを馳せて

本日正午。283事務所に新たに所属するアイドル合流する。彼女の名前は樋口円香。2週間ほど前に社長が新たに結成したユニット、noctchill(ノクチル)のメンバーであり、先日面と向かって話をした浅倉透の幼なじみ。この間の初顔合わせではかなりこちらに対して、いいイメージがないらしい。彼女がどんな思いであれ、しっかりアイドルにさせるぞ!

 

 

 といったところでしょうか、自分がシャニマスのプロデューサーだったなら。ただし私は中高生の頃にジャングルジムに女児と上った思い出などないので、そんなん絵空事でしかないですがね。というところで、去る4/3に浅倉透がシャニマスに実装されました。そしてWingの優勝コミュの段階で、これは追加ユニットのメンバーだとわからせるぐらいの蒼い衝動を持ってきました。「さよなら、透明だった僕たち」というキャッチコピーは伊達じゃない、さらには「透明から鮮明に」というシャイノグラフィの歌詞を体現化するかのような、さすがシャニマス。やるな。というそこそこ厚みのあるシナリオでこれからにかなり期待が持てました。

 

 そんなところで、私がnoctchillで最も目を惹かれたのが樋口円香でした。どことなくさめた視線と淡々として、こちらに興味などなさそうな声音。クールな子が割と第一印象で引っかかることが多いので、自分としてはいつも通りといえばいつも通りなのですが、シンデレラの担当のうちの1人と現段階では似ているところが多く、その子を通じたバイアスがかかっているのかも、と思わずにはいられません。

 

 そんな中で樋口円香(私としては、ひぐっちゃんと呼びたい)の現段階の情報からあり得そうなこと、私の願望などをプロデュースする前に吐き出して、真っ白な感情で彼女と向き合おう。そう思い立ち、今回は急ピッチで筆を走らせている次第です。

 彼女についてまずわかっていることは、クールで「シニカル」であるということ。ここでシニカル(cynical)という言葉について調べてみると、旺文社の『国語辞典 第十版』によれば「遠回しに意地悪く非難するような態度を取ること。蔑んで冷ややかな態度を取ること。」また、ロングマン現代英英辞典によれば、

  1. unwilling to believe that people have good, honest, or sincere reasons for doing something
  2. not caring that something might not be morally right, might hurtsomeone etc, when you are trying to get something for yourself

とのことでした。日本語だとややマイナス面の強い言葉になりがちですが、ここでは公式が皮肉屋という言葉ではなく、「あえて」シニカルという言葉を選んだと考えていきたいと思います。そのため、あえて英英辞典さんに登場してもらいました。簡単に説明していきますと、1つ目の意味が「何かをするときの誠意のある理屈を信じたがらない」ということ、2つ目の意味が「何かをなそうとするときに、手段を問わない」ということです。ここを踏まえて彼女を考えていくと、前者の意味合いが特に強いのではないでしょうか。公式サイトのサンプルボイスでは、「笑っておけば、なんとかなる。アイドルって楽な商売」というセリフや「クレイジーな人ですね。勝算の無い賭けに興じるなんて」というところから、自分がアイドルになるということにあまり肯定的でないもしくは、アイドルという活動やプロデューサーに対して良い印象を持たない、といったところでしょうか。だから、プロデューサーに冷たい態度を取る。ここには浅倉透というマイペースかつ突飛な行動もする幼馴染みがいたことで、もうこれ以上突飛な行動をとってくる人物はいらない、うんざりだというひぐっちゃんの心の現れかもしれません。

 また、彼女は取り巻く環境、つまりは他の幼馴染みとの関係性についてみてみましょう。公式の4コマ漫画もちゃんとゲーム内の設定が反映されたものであると高山Pが仰っていたことから、浅倉透とは、本人居ぬ間に透の家に上がれるぐらい家族ぐるみで親交があるということ。そして晩ご飯を浅倉邸でいただくのが割と普通であること。ここから日ぐっちゃんの親は共働きでかなり忙しいもしくは、片親ではないかと考えられます。片親であれば、それは彼女が割と大きくなってから片親になったという線は大いにあり得そうだと思っています。

 だから、私がどんな彼女がみたいかというとそれはアイドル活動を通じて少し前に踏み出す彼女です。別にデレろ、といっているのではなく、先に示した”cynical”の2つ目の意味のような貪欲にストイックにアイドル活動にのめり込んでいく姿です。クールな子が静かに心を燃やす姿って、かっっこ良くて大好きなんですよね。

 

noctchillのコンセプト的にイベントコミュやサポートSSRのコミュにかなり期待しています。PSSRの方はどう転んでも1対1がメインになってくると思うので。その中で彼女がどういう立ち回りに変化するのか。「透明から鮮明に」彼女たちが変化していく中で、樋口円香という女性は何を感じ、どう行動をしていくのか。ストレイの冬優子のようなスパイスがあっても良いですが、シャニマスのライターさんなら濃厚で鮮やかな彼女の人生の一瞬を描いてくれると良いな、と思いながらこの話を締めたいと思います。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

memento mori

「無関心に

 水を撒いても

    芽は出ない

    配点(追憶) 」

 

こんにちは。本来なら、アイマス学会in札幌について記事を先に上げたかったのですが、今日の日付は自分にとっての転機になった日付なので、その話について、少し書き残しておきたいと思います。

 3/11。9年前のこの日、私の地元を取り巻く環境は大きく変わりました。幸い内陸部に住んでいたために、直接的な被害はありませんでした。しかし、間接的な被害は甚大でした。いろいろあったし、消化するのにそこそこ月日は必要としたので、起きた内容については綴らないことにします。しかし、あの日、あの場所で見た光景と起こったことは忘れてはならないと思っています。私は月1くらいの頻度である定点カメラの映像を見て決して忘れないことに努めています。

 

今回わざわざ書き記そうと思ったのには、理由があります。私には弟がいます。弟はあの年に小学校に入学し、今年中学を卒業します。彼と話をしていてもあの日のことはあまり覚えていない、と言います。そんな弟の高校入試で驚くべきことがありました。最初の出願で、地元の高校が1校を除いて定員割れを起こしたのです。それは前代未聞でした。なにせ、県内でもトップ3に入る大きな街でしたし、教育委員会が各高校の定員を削減して、少子化に対応しようとしていたのですから。

 

ちょうど一昨日に札幌で国と東電を相手取った損害賠償で国と東電に請求が通ったり、少し前には双葉町で避難指示が一部ではありますが解除されました。また、14日には福島県の沿岸地域を走る常磐線の全線開通が予定され、被災10年を前にして少しずつ、再興の道のりを進んでいるように見えます。しかし、そのゴールは果てしなく遠い上に、輪郭がはっきりしていないように思います。以前と同じ暮らしを、というには些か時間が長すぎました。いや、まだまだ時間を必要とします。もっと言えば、原状回復はほとんど不可能だと思います。80%元どおりだとしても、それが100%になるのでしょうか。直接的な被害の少なかった私の故郷ですら、以前と同じとはいきませんでした。もちろんそこには少子高齢化という日本全土で問題になっている現象が関わっているのは否定できません。しかし、明らかに急速に街が老いてきていることを帰省するたびに感じます。

 

こんな言い方をしてしまうと、現在福島に住んでいる人たちから、反感を買うかもしれません。またこの文章を見てコイツは再興を諦めた人間だ、と皆様は思われるかもしれません。んなわけはありません。当然私は、故郷の復活を望んでいます。しかし、地元の現状をしっかり知ってもらわないことには、この困難さは理解されないことだと思っています。私は今住んでいる街で塾講師を少しの間、生業としていました。私の教え子たちに何度か話をし、何が起こっているのか、その時どうすればいいのか考えさせることをしました。想像できなければ、立ち向かえない。常に冷静な思考を心がけるように伝えました。そして、人命は蝋燭の火のようにあっけなく消えてしまうということも。そんなタイミングで私はまた大きな地震に遭いました。残念ながら当時の人々の行動は、あの時のそれと大差ありませんでした。また、状況は違いますが今2020年においても、人々の行動は大して変化ありません。成長などほぼないです。だから余計に私は地元の外であの時あったことを題材にして子供達に考える場を与えたい。そんなことをこっそり思索していたりします。だから、どれだけネガティブな話に見えても、知ってもらわないことには始まらないし、教訓にしてもらわないことには意味がない。

 

書き殴りの、かなり醜い文章であるため、あまり話が伝わらないかもしれません。しかし、知っていてもらわないことには、地元は風評被害の的か政権批判の材料にしかなりません。今福島がどういう状況に置かれ、どんな歩みを取るのか。少し前までそこにあったもの、会えると思っていたものが一瞬で消える空虚さ。そんな非日常的な感情を忘れて欲しくなくて、知らずにいて欲しくなくて、言葉を残します。この話題になると閉口してしまう人が少なくありません。でも語らないと、知ろうとしないと、いつの間にか空気になってしまいます。何年も前の今日にそんなことがあって、まだ終わってはいないこと。そのことを知ってください。もちろん1日中沈痛な面持ちをしていて欲しいわけではありません。はしゃぐのも、騒ぐのも、オールOKでしょう。ただ少し、数分でいいので想像してもらえたら幸いです。技術進歩で自然災害の死者数は減少傾向にあり、以前より重大な出来事と見られなくなっているように思います。だからこそ、軽んじないようにするためにも知っておいていただけたらありがたいです。3.11は、まだ終わっていないということを。

 

P.S.  東山奈央さんお誕生日おめでとうございます。今年中にデレマスのライブで「川島瑞樹28歳です」がとうとう聞けるのでしょうか、聞けるといいな。どきどき、わくわく。

それはそれとして、そっかぁ、東山さんが川島さんの年に並んだのかぁ・・・。

アイマス学会 in 北九州 に参加してました

「理解り合えなくても

 変わり者かも、でも

 歩みを進めよう

 自由はそこにある

配点(漸進)    」

 

 光陰矢の如し。いつの間にか年が明けていました。なんてこった。昨年は自分にとっていろいろ動いた年であり、そのことを少しでもまとめておこうと思ってここを立ち上げたものの、しばらく放置しっぱなしになっていました。というわけで、できる限りまとめておこうと思います。

 

 

 人生初、九州上陸(アイマス学会 in 北九州)

 12/21にKIPROホール(福岡県北九州市)にて行われた、「アイマス学会 in 北九州」に参加させていただきました。これは、札幌での第一回の後に自分がぽろっとこぼしたツイートを今回の発起人であるオミーPさんに拾ってもらったところから繋がったご縁でした。本当にありがとうございました。まぁ、座談会の方でも「どうかしてる」と言われていたようですが(苦笑)。

 

 あの時の発表を振り返ってみると、時間の制約の中で削った部分や、M@STER SONG がかかって以降の感情が昂り、言葉がうまく紡げないところや、言いそびれたことがあったので補足しつつ、あの日の発表をまとめていきたいと思います。聞いていただいた方に何かが届けられていれば幸いです。

 

 以下、スライドを一部交えながら、まとめていきます(文体も口語的になります)。

 

発表まとめ(導入)

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 第1回札幌に引き続き、通算3回目の発表になった今回。タイトルを主題「燎火」、副題「- over thousands of nights -」と名付けました。まず、「燎火」というのは、今までの彼女を取り巻く環境や彼女自身を表す言葉であり、今後の彼女の変化も炎がゆらゆらと燃え広がるように少しずつでも進んでいけばいい、そんな思いから。副題に関しては、彼女の名前と、今後彼女が経験するアイドルの世界を振り返り、何かを思う夜を何度も繰り返して彼女の人生が変わっていってほしい。そんな思いから。

 

 では、その彼女とは誰か。それは白雪千夜という、6th live 名古屋公演2日目に発表された新規アイドルの一人にして、黒埼ちとせ(以下、ちとせ嬢)とユニット”Velvet Rose”を結成し、楽曲「Fascinate」を引っさげて登場した女の子です。

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 また、彼女の登場はある種の衝撃をプロデューサー(以下、P表記)たちに与えたことで記憶に残っているかもしれません。満足に183人のアイドルを活かしきれているとは言えない中でのアイドル追加、登場時点で声優さんがあてがわれていたこと、そして彼女自身のキャラクター性は、非難や中傷、そして敬遠などの行動を一部のPたちがとってしまうのに十分すぎるぐらいに強烈だったこと。そんな様々なポイントを持って彼女はシンデレラガールズ に仲間入りしました。

 ここだけの話、久川姉妹が比較的暖かく迎えられたのは、ちとせ嬢と彼女がそれらを一身に受け切っていたからかな、とも思っています。

 

 果たして彼女は異質なのか

 そんな彼女自身の特徴といえば、Pのことを「お前」と呼ぶことがまずあげられると思います。ゆくマスでも赤羽根さんが言及されてましたしね。当初はこの呼び方が失礼だ、と言われていましたが、果たして183人もいるシンデレラガールズのアイドルの中で異質なものでしょうか。例えば、シンデレラの代表格である渋谷凜や、桐生つかさは「あんた」呼びだったし、炎陣の特攻隊長、向井拓海に至っては、呼び捨て。こう言った面々を見ていくと、「お前」呼びはそこまで特殊なものではないと思えます。では、シンデレラガールズ における異質さとは何なのか。私なりに2パターン考えてみました。

 

 私の思うシンデレラガールズ における異質さとは、時子様タイプと泰葉ちゃんタイプの2パターンに大きく分けられると思います。

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 前者は、Pとの関係の異質さがあります。他のアイドルたちとPの関係性はPを慕う、ないしPが導く関係もしくは、互いの目標に向かうための対等な関係のどちらかです。しかし、時子様の場合は違います。時子様とPの関係は、女王である時子様に対し、Pが従者のように提言するような関係すなわち、時子様が上の立場であるという異質さがあります。

 

 対して後者のタイプは、泰葉というキャラクターの特徴に起因するところが多いです。ただし他にもこのタイプに当てはまるアイドルはいます。しかし、彼女にその傾向が顕著なため、今回は泰葉タイプと呼称しています。このタイプの特徴は、時間を利用したアイドルの変化ということです。覚醒前後で態度が変化するアイドルは少なからずいる中で泰葉は、初期のPと距離をおいていたところから、信頼しきるまでに約1年かかりました。更にそこから過去と向き合い、昇華するまでに3年の歳月を要しました。ソシャゲという回転が早いゲームで、キャラクターの変化に五輪一周期分の時間をかけることができ、さらには、8年目にして初期からの変化でカタルシスをPたちに与えました。これは、かなり異質であると言えるでしょう。

白雪千夜は、めんどくさい

 では、白雪千夜はどちら側に属すと言えるのか。彼女をどちらかに分類するのならば、私は後者であると思います。その理由としては、ちとせ嬢が「昔はよく笑う子だった」と言っていること、またデレステモバマスのコミュでの言動や行動が挙げられます。

 

 ここからは自分の推測が多分に含まれた話になります。まず彼女は、12歳の頃に火事に会い両親を失っていると考えられます。また、その後にちとせ嬢の元に引き取られるまでの間にもたらい回しのような厄介ごとに巻き込まれ、そしてちとせ嬢の元に引き取られた。その時には今のように淡々とした彼女の原型ができていたと考えられます。その後、ちとせ嬢との暮らしの中でちとせ嬢に半分依存しているような今の関係性が構築されていったのでしょう。身内などの大事な人を失い、さらに不条理さを目の当たりりにしたことで、彼女は大切なものを増やさなければ悲しくならないという境地に至り、唯一の指針としてちとせ嬢を溺愛し、従者という言葉で自分を保とうとしている姿が、今の白雪千夜という女性ではないでしょうか。

 

 そう考えた私は、彼女が「人形」だと思えませんでした。確かに傍目から見た彼女は自己否定と他者優先の献身を絵に描いたような女性ですが、よく観察しているとちとせ嬢と彼女自身の2人きりの世界の中でちとせ嬢を失うまいと付き従う少女のように見えます。これ以上、失う悲しみを味わいたくない、どうせ大切に思っても消えてしまうということが身に染みているからこそ、他者との距離を取り、深く関わらないようにしているのではないでしょうか。こう考えると、彼女が語るように白雪千夜という女性が「無価値」で「平坦」な人生を心から望むような女性と、思えなくなったんですよね。

 

 ここに至るまですら、今までに彼女が登場したコミュやカードのテキストを具に見ています。彼女がちとせ嬢によって連れてこられたアイドルの世界に触れる中で少しずつ、本当に少しずつではありますが、自己認識や、アイドルという存在に対する考え方が変化している様子が伺えます。

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彼女の変化の轍

 その中でも、1番印象に残っているのは、ぷちデレラの「白雪千夜ステップアップエピソード2」です。彼女はイベントやカードのセリフでいろいろなことを語ってくれています。その中でも群を抜いてぷちデレラの各コミュは情報量が多いです。何の情報が多いかといえば、「声の表情」です。彼女が疎まれた点でもある「声」というものが白雪千夜というキャラクターを表現する最大の武器であったというのは、なんとも言い難いことです。こればっかりは聞いてもらうことが一番なのですが、さすがにここに貼るのは気がひけるので各自で確認していただけると幸いです(苦笑)。ちなみに私に最も刺さったのが「私のためになるときが......来ればいいですね」という一番最後のセリフです。この言葉はただの文として読んだ時と、彼女の声を担う関口理咲さんの演技を通してこの言葉を聞いた時では印象がかなり違います。というのも、声色といい、溜めといい、さらには息を吸う音といった声がついていることの利点を生かしきった彼女の言葉は心に深く突き刺さるからです。それは彼女に対しての印象が固まっている人にほどそのインパクトは強くなるはずです。ここのセリフの息、声のトーン、喋り方といった変化から、彼女がPに対しての距離感を登場段階から変化させていることが察せられました。確かに、相変わらずこちらを「お前」と呼びますし、その言動や行動はあまり変わっていません。ですが、確かに彼女と私たちとの距離は縮まっている、そう感じるには十分でした。

 

 それ以外にわかりやすく彼女の変化の兆しが見えるところは、デレステ4周年楽曲である「TRUE COLORS」のMV(2 Dリッチ)です。このMVでは私の担当の一人でもある肇ちゃんも登場していて、その話もどこかでできたらなと思います。閑話休題。このMVで彼女はそれまでに見たことのない表情を私たちに見せてくれました。その表情はどこか、アイドルというものに対する千夜ちゃんの考えが変わった、そんなことが感じられるようなものです。彼女の歌を聞いたことがある人ならわかると思うんですが、まだソロ版が公開されていない「Fascinate」を除けば、ボーカロイドのように淡々と歌っているんです。今までの曲、「おねがいシンデレラ」と「TRUE COLORS」は彼女の初期段階のアイドルの印象を表していると考えられます。ちとせ嬢に言われるままにアイドルを始め、自分としては関心がない彼女の姿をありありと表しています。このライブが今後の起点となると考えていくと、まだ見ぬ今後の登場が彼女の変化を示していくものになっていくと考えています。

 

 現に11月末にモバマスで登場した際には、その片鱗が見えています。覚醒後彼女は「この歌声を誰が求めるのか。アイドルの白雪千夜を待っているファンだろうか。そんな希有な者が...? いや... いなくても構わない。もしも私の歌に一片の価値があるのなら、何処かへ届けばいい...」、「滑稽なのはどちらか。乗せられて歌う私か、歌声に乗るお前か」と言い、自身のアイドル活動の意味を見出しているようです。自己評価の低さは相変わらずですが。

 

 このように見てきていただけると、彼女の第一印象は覆されるのではないでしょうか。彼女はかなり不器用な子です。そして、そこまで柔軟な方でもありません。担当Pとしてそんなん言っていいのか、と思われるかもしれませんが、器用な子ではないし、先に述べたようにちとせ嬢を指針に据えた、ある種他力本願な子であり、そこ以外には無関心であろうとした女の子だと私は今まで彼女を見てきて思います。

 

朧灯Pとしてのスタンス

 だからこそ、私は彼女をプロデュースするにあたって、『彼女がアイドル生活をしていく中で新たな価値観に触れ、様々な経験をすることで主体的なアイドル生活をし、自己に価値があることを認識してもらうこと』をプロデュース方針に据えました。彼女がアイドルとして活動するのは永遠のようで有限の期間です。だから彼女が今まで諦めてきただろうものを身勝手ながらこれから体感してもらおう。そう考えた次第です。君がその人生に価値を見出さないのなら、私が勝手に見つけさせてもらおう。私が君の人生に名前をつけよう。そんなことを考えて彼女を今まで見てきましたし、これからもその気持ちは忘れません。たとえ彼女が経験を積んだ結果、どんな決断を取るにしても、そこまでの道程が決して無駄じゃない、そう言えるようにしていたいと考えています。

 

アイドルマスター シンデレラガールズ に願うこと

 最後に、アイマスという一種の文化にデレマスから入り、デレマスから見続けてきて、ここ数年でようやく僕の担当たちは少しずつではありますが、周知されるよいうになってきました。声もつきました。それはここ2,3年のことです。声がつく、というのはシンデレラガールズのみで起こりうるアイマス全ブランドの中でも珍しいことです。また制作に他社がメインとして参加していること、バンナム内外とのコラボを積極的に行うことも珍しい傾向だと思います。更に言えば、初の単独ドーム公演を敢行したのもシンデレラガールズ でした。その上、190人という、ぶっちぎりに多いアイドルの人数を抱えるブランドです。その裾野の広さも特徴の1つであり、そのアイドルたちをプロデュースするPの考え方や振る舞い方のバリエーションの広さもそうであると言えると思います。だから、シンデレラガールズの一挙手一投足に対して様々な意見が噴出することは至極当然のことであると私は思います。そのことについて私は特に何か述べたい訳ではなく、そんな中で8年も続き、さらにこれからの理想も語れるということが単純にすごいな、と感心しています。当初はアイマスをソシャゲに適応させるための試験的なブランドだったことを考えたら、今まで形を変えずに続いていることには、感謝しています。

 

 願わくば、白雪千夜という女の子がより多くのことを体感し、彼女の物語が泰葉ちゃんのようにしっかりと語られますように。彼女の眼に映る世界が白黒ではなく、そのものの持つ本来の色を感じられますように。 そんなことを願わずにはいられないです。可愛くて魅力がある彼女ではありますが、偏見ができてしまっているのも紛れも無い事実だと受け止めています。これから幾千の夜をこえて成長していく彼女、白雪千夜をよろしくお願いします。とっつきにくいかもしれませんが、いい子なんです、この子。

 

 終わりに

 ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。もし少しでも彼女の印象が変わったり、気に留めていただけるというのであれば、シンデレラガールズの7th LIVE 大阪公演にLVでも構わないので足を運んでいただけると幸いです。ぜひ彼女の初舞台を見届けてください。よろしくお願いします。

 

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他にも、美玲ちゃんとりあむが出演するのでそちらもよろしくお願いします!